書評:知はいかに「再発明されたか

「知はいかにして再発明されたか」2010年 日経BP

 イアン・F・マクリーニー・ライザ・ウルヴァートン

「知の構造化」ということを数多く口にしているので、題名に惹かれて書店買い求め、読んでみた、知的な読み物のとして凄く面白い本である。巻末の参考文献のリストを見れば学術論文の水準であるが、学術論文のように書いてはこの喉越しの良さは出ない。ただ主観を吐露するだけの憂国本や、読めばすぐお金になるような新聞広告の本とは異次元の水準でである。時間あればご一読をお勧めしたい。

アレキサンドリアに生まれた図書館、中世の修道院、ヨーロッパの大学、アカデミー、専門分野、実験室そしてインターネットと、知の創造機関を繋いだストーリであるが、興味深い知見を得られる。終着点としてインターネットを位置づけているが、ここはかなり唐突で不連続なので、読後多くの人が、発展的、創造的に書き換えたいという衝動に駆られると思う。

内容を粗く紹介すると。

そもそも口述が知識の伝承と伝播であったが、文字による記述が取って変わり、書物として知識を記述するようになった。その書物の収蔵する器として、図書館が発明され、古代の知識はアレキサンドリアの図書館に集積された。各地にも図書館が設立され知の拠点となった。しかし、ローマ帝国の滅亡と共にアレキサンドリアの図書館をはじめ各地の図書館は放置され、知も書物も失われた。

暗黒の中世の時代は、修道院において知的活動は継続したが、そこはキリスト教の教義の研究が主であり知の収蔵庫としての図書館に代わる物ではなかった。しかし、文字の文化はその中でも着実に進化して行った。

12世紀になると、ボローニアとパリに大学という知の組織ができ、知的な活動が盛んになった。当時の大学とは、教師と学生のネットワークであり、建物はなく、、都市の現象であったと言う。職業訓練の場であり、親方(教授)、職人(バチェラー)の関係で、今でも学士のことをバチェラーと起源がここにあると言う。イタリアのサレルノ、モンペリエではモスレムの医学知識を基に医学の大学が生まれた。プラハでは人文科学の大学が設立され、学術は発展して行ったが、大学の「高い」学部は、神学、法学、医学で、リベラルアーツは「低い」学部とされた。現在のBA,MAのAはリベラルアーツのAである。

16世紀以降を著者は「文字の帝国」と言う認識の構造で語り、そこでの重要な知的創造活動の基盤が手紙の交換ネットワークであるとしている。知識人は何万という書簡を交換して知の交流を行う時代であった。書籍と手紙の交換という組合せで、学術研究が進化して行く。加えて、アカデミーという組織が作られ知的活動の拠点となった。職業訓練ではなく、アカデミーは真理を見つけて新しい知を生み出すことを目標とする様になった。これがアカデミックの起源か。

著者の次のパラダイムは専門分野(ディシプリン)である。これを啓蒙運動が生んだ知の市場における知的な労働の専門化と見る。役に立つ知識を広く売るため、印刷された百科事典が開発される。そして、政治的に分裂していたドイツのハレとゲッチンゲンに近代的な大学が生まれ、その研究手法としてセミナーが生まれた。ゲッチンゲン大学は「学問のための巨大な企業体」になり高給で他大学から教授を引きぬいたというから驚く。ギリシャの古典を研究する文献学、言語学が発展して近代の学術の手法が確立していった。そして、ナポレオンに敗北したプロシアが国の再興をかけて、世界初の研究大学としてベルリンのフンボルト大学を設立する。因みに、プロシアの首相ビスマルクはゲッチンゲン大学の卒業生である。また、当時イギリスに留学中のマルクスが「政治においてドイツ人は、他の国の人がしていることを考えてきたに過ぎない」と紹介しているくだりが印象的に残る。そしてベルリン大学ではそれまで「哲学」に括られてきた学術が、どの専門分野かを明示することを始めた。PhDの起源である。私事であるが、ゲッチンゲンとベルリンは住んでいたことがあるので懐かしい。当時は米国を含め世界中からヨーロッパの大学に学生が留学してきたようだ。それが、米国ではハーバード大学等に繋がっていく。日本の帝国大学もその派生である。

この後、「実験室」という、物理学(化学、生物学を含む)という理系の学問を追求する組織に知的活動が移り、成果を上げてきた歴史が、フランスを中心に紹介されている。セミナーもラボも教授と学生の小さな組織で、議論をすることが教育であったようだ。小職が、東京大学の技術経営学専攻で5年間、開講した「俯瞰経営学」もこのスタイルを踏襲していた事を確認できた。

最後にこれまでの、人類の知的活動の構造の終着点としてインターネットを位置づけているが、ここはかなり唐突で不連続なので、読後多くの人が、発展的、創造的に書き換えたいという衝動に駆られると思う。

この程度の、要約ではとても正確に本書を紹介できないが、喉越しの良い知的読み物として一読をお勧め出来る一冊です。


 

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コメント: 1
  • #1

    白髭 昌男 (木曜日, 17 2月 2011 08:45)

    ここでの「実験室」は教育の本質ですね。松島先生が学生と議論することで、学生の知的興味を引き出し、教育効果を上げられていたことは前に伺い、大きなインパクトがありました。これはハーバードの白熱授業で有名な先生(名前は?ど忘れ!:最近これが増えました)とも同じスタイルですね。

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